大泉逸郎さんが歌う「孫」は、平成11年スタートしたみちのく歌謡文化連盟が《ヒット曲を作り、スター歌手誕生!》をめざす連盟夢キャンペーンから生まれた。丸で奇跡のような話であるが、ヒットが生まれた背景は実にシンプル。

ヒット曲が皆無の時代の中で、歌仲間が「聞きたいうたと歌いたい唄」の中にヒット曲が埋もれていることを信じ、自主的に作成した選考リストから会員などによるはがき投票上位曲を2コーラス視聴して投票によって決める最終選考会で《連盟推薦歌》を選び、この推薦歌を課題曲とする《みちのく歌謡祭》を実施し、作品の浸透を進めヒットへの可能性を高める、というもの。

本名/奥山英治(おくやまえいじ)
生年月日/1960.11.28
出身地/山形県尾花沢市

しかし、この最終選考会が何と歌手泣かせ、中堅どころの歌い手が心臓を震わせてしまうほどの緊張感の中で、歌い、投票の対象とされている。
在住歌手部門と出身歌手及びエリア関連作品部門に分かれて、歌手が直接歌唱またはCDなどで2コーラス試聴し、100名ほどの選考委員が投票、直ちに開箱・発表するシステムだから、現代おはやりの「やらせ」が全く効かない方法で選ばれる。

実は、「走れ魚トラ東北道」は、2004年の「第7回連盟推薦歌」を選考するはがき投票で、在住歌手部門最下位の20位で視聴対象作品となった。
つまり、「推薦歌」に選ばれる可能性が皆無といってよい位置づけで参加した。
ところが、投票の結果が会場を沸かせた。何と第二位で人選。こんな逆転劇に、歌手本人と関係作家がびっくり仰天した。

今年の「第8回連盟推薦歌」最終選考会でも第三位で入選したが、連盟応援団長の作曲家叶弦大氏や、フリーボード勝間社長が強い関心を持ち、今回、フリーボードから全国発売となったもの。

ダブルミリオンセラー「孫」は、白岩英也連盟会長が、大泉逸郎氏・作曲家の荒木良治氏からぜひ世に出して欲しいとの要請を受け、東北6県と新潟県の7県という広いエリアの、歌仲間のボランティア団体「みちのく歌謡文化連盟」を結成し、平成11年4月、現在の事務所社長木村尚武氏によりテイチクから全国発売に至ったもので、「走れ魚トラ東北道」は、「孫」と同様の道筋で歩んでおり、関係者の期待は大きく膨らんでいる。

作品自体は歌いずらい、難易度の高い作品とも言えるが、それだけ極めて個性的な作品であり、「魚トラ・・・」のネーミングはヤングにも大いに受けそうである。
過去、「トラック野郎」が映画や演歌などで全国を制覇したが、「九州道」などの替え歌も生まれた「走れ魚トラ東北道」は、新鮮な魚介類を運ぶ「トラック野郎」の応援歌でもあり、大きな声援を期待できる作品と言えよう。


主な作品
1986年4月 第5回山形県歌謡選手権大会で優勝
1994年6月 プロ歌手としてデビュー
「ふるさと華神輿」「母便り」
1998年6月 「世直し演歌」「日本列島カラオケ音頭」
(第一興商通信カラオケDAM・セガカラ)
1999年7月 「望郷かぞえ唄」「夢・酒場」
2000年9月 みちのくYOSAKOIまつり応援歌「乱舞」
2003年7月 オリジナル歌ベスト4
「夢・青春」「べにばな愛歌」「縁歌」「花束に添えて〜白冬の最上川」
2004年2月 「走れ魚トラ東北道」「縁歌」
主なメディア出演・活動
2000年5月 よしもと発うたごよみ(サンテレビ・西日本)
2000年9月 第3回みちのくYOSAKOIまつり(仙台放送・東北放送)
2000年12月 「おとぎり草茶」CM出演、山形放送他
2000年12月 奥山えいじチャリティーコンサート開催、尾花沢市
2001年6月 第10回YOSAKOIソーラン祭り参加
※みちのくYOSAKOI連KOI♥KOIのボーカルとして参加し、408チーム中、ファイナル20チームに入賞する
2001年8月 故郷、尾花沢市にYOSAKOIチーム「白華連」を立ち上げる
2002年8月 第49回高知YOSAKOIまつり参加、全国大会で入賞(ボーカル担当で参加)
2003年9月 新曲発表リサイタル開催、尾花沢市
2003年11月 山形放送、YBC歌謡コンサート県内4ヶ所で出演、テレビ番組放送
2004年4月 「走れ魚トラ東北道」第7回連盟推薦歌に選ばれ、東北民放ラジオ七社各局で放送
2005年4月 「走れ魚トラ東北道」第8回連盟推薦歌に選ばれる
2005年7月 フリーボード勝間社長の応援で、音源を新たにして自主盤から全国発売となる